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日時 2022年 10月29日(土)13:00‐16:00
テーマ:環境に対する細胞応答とnon-coding RNA
1.「non-coding RNAをバイオマーカーとする化学物質の毒性評価予測」
谷 英典 (国立研究開発法人産業技術総合研究所 環境創生研究部門)
要旨:
我々は、細胞内マーカーの新規分子として、そのユニークな特性から近年注目を集めている、タンパク質に翻訳されないRNA:長鎖ノンコーディングRNAに着目している。長鎖ノンコーディングRNAは、タンパク質に翻訳されるRNA:メッセンジャーRNAを含む生体分子をダイナミックに制御する分子である証拠を示す報告がなされ始めており、長鎖ノンコーディングRNAはこれら生体分子の上流に位置するものと考えられている。我々のこれまでの研究成果から、ヒトiPS細胞等が化学物質に暴露されると、細胞内に存在する特定の長鎖ノンコーディングRNA量が顕著に増加することを見出しており、その発現量の増加は細胞内でのRNA分解の抑制、すなわち、化学物質による細胞内RNA分解酵素の抑制作用にあることを突き止め、長鎖ノンコーティングRNAが化学物質の毒性に対するサロゲート分子として有用であることを示してきた。しかしながら、これら長鎖ノンコーディングRNAの機能はまったくわかっておらず、毒性バイオマーカーとしての役割がどうなっているのか明らかになっていないため、現在は、これら機能未知の長鎖ノンコーディングRNAの機能解明を進めているところである。また、本研究でヒトiPS細胞を用いる利点として、①無限に増殖することが可能であるため、大量の細胞供給が可能であり、②どのような臓器の細胞にでも変化できる分化万能性を持つため、各組織・器官への影響評価が可能であり、③従来用いられてきたガン細胞等とは異なり、元の細胞の性質・機能を維持していることから、ヒトiPS細胞は、化学物質に対する細胞試験のための非常に理想的なリソースであるといえる。本講演では、ヒトiPS細胞を用いた長鎖ノンコーディングRNAをバイオマーカーとする化学物質の毒性評価予測についてご紹介する。
谷 英典 先生 ご略歴
【学歴】
2000年 4月 早稲田大学理工学部 応用化学科入学
2004年 3月 同上卒業
2004年 4月 早稲田大学大学院理工学研究科 応用化学専攻 修士課程入学
2006年 3月 同上修了
2006年 4月 早稲田大学大学院理工学研究科 応用化学専攻 博士後期課程入学
2008年 3月 同上修了
博士(工学)取得 2008年3月15日(短期取得)
【職歴】
2007年4月 独立行政法人 日本学術振興会 特別研究員(DC2) 早稲田大学
2008年4月 独立行政法人 日本学術振興会 特別研究員(PD) 早稲田大学
2009年4月 独立行政法人 日本学術振興会 特別研究員(PD) 東京大学
2012年4月 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 研究員
2016年10月 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 主任研究員
2.「核内ノンコーディングRNA含有顆粒によるストレス応答制御」
秋光信佳 (東京大学アイソトープ総合センター)
要旨:
放射線、熱、感染症などのストレスに対する適切な応答は細胞生存に必須であり、生物は進化の過程で多様なストレス応答機能を獲得してきた。一方、ストレス応答の異常は疾患の原因ともなることが知られているため、細胞のストレス応答を理解することは基礎から応用の幅広い分野で重要な研究テーマとなっている。
近年、核局在長鎖非コードRNAがストレス応答において重要な役割を果たすことが分かってきた。そこで我々は、熱ショック応答に長鎖ノンコーディングRNAが関与するかについて系統的に検討してきた。我々は核スペックルに局在化している長鎖ノンコーディングRNAのMALAT1が遺伝子発現制御において重要な役割を果たすことを報告してきたため、MALAT1に着目して研究を行った。その結果、通常は核スペックルに局在化しているMALAT1は、熱ショックによって、核スペックルに近接した未知の構造体に移行することを発見した。核内構造体マーカー分子との共染色実験から、熱ショックでMALAT1が移行する構造体は新規構造体と判断した。そこで我々は、この構造体をHiNoCo-body (Heat inducible Noncoding RNA Containing body)と命名した。MALAT1ノックアウト細胞は熱処理後の細胞増殖が低下することから、HiNoCo-body形成が熱ショック応答において重要な役割を持つ可能性が示唆された。ChIRP-MS法によって、HiNoCo-bodyを構成するタンパク質を検索したところ、約40種類の候補タンパク質を同定した。現在、同定したタンパク質がHiNoCo-bodyの構成分子であるかを検証している。また、ChIRP-DNA-seq法によって、熱ショック依存的にMALAT1が特定のゲノム領域と相互作用することも見出した。これらの知見を合わせて、熱ショックによってMALAT1を含有するHINOCO-bodyが形成され、HINOCO-body形成を通じて熱ショック応答のための遺伝子発現制御がなされるという新しいモデルを提唱しているので、本研究会で紹介したい。
秋光信佳 先生 ご略歴
【学歴】
1994年3月 九州大学、薬学部、薬学科 卒業
1996年3月 九州大学大学院、薬学研究科、博士前期課程 卒業
1997年3月 九州大学大学院、薬学研究科、博士後期課程 退学 (助手へ採用のため)
1999年12月 博士(薬学)(九州大学)取得
【職歴】
1996年4月 日本学術振興会特別研究員(DC1)採用
1997年4月 九州大学・薬学部・微生物薬品化学教室、助手採用
2000年4月 東京大学・薬学部・発生細胞化学教室、助手採用
2003年1月 フリードリッヒ・ミッシャー研究所(スイス連邦国)、博士研究員採用
2005年3月 独立行政法人 産業技術総合研究所・生物機能工学研究部門、常勤研究員採用
2008年4月 東京大学・アイソトープ総合センター、准教授 採用
2014年4月 東京大学・アイソトープ総合センター、教授 昇任
3.「DOHaD説に基づく次世代影響解明への試み」
櫻井 健一、森 千里 (千葉大学予防医学センター)
要旨:
Barkerらが低出生体重と成人後の冠動脈疾患との関連を示して以来、胎児期の環境因子と成長後の疾患発症との関連について多くの報告がなされている。現在では、胎児期から生後早期にかけての環境が、成長後の様々な疾患の発症に重要な役割を果たすとするDevelopmental Origins of Health and Disease (DOHaD) 説として提唱されている。DOHaD説におけるメカニズムの一つとしてエピジェネティックな変化が挙げられる。人においても妊娠中の女性とその子供を対象としたコホート調査(出生コホート)による研究が進められている。当センターにおいても、出生コホート研究をおこなっており、環境中の化学物質の胎児期曝露と胎児組織である臍帯のDNAメチル化の変化との関連を検討してきた。別の視点からメカニズムの一つに考えられているのが、腸内細菌叢である。妊娠中の母親の環境が腸内細菌叢の変化を介して子供にも影響を与える可能性があり、我々も検討しており、いくつかの結果を得ている。本シンポジウムでは我々がおこなっている出生コホートから得られた結果について紹介したい。
櫻井健一 先生 ご略歴
【学歴】
1992年3月 千葉大学医学部卒業
1995年4月 千葉大学大学院医学研究科内科系入学
1999年3月 千葉大学大学院医学研究科内科系修了 博士(医学)
【職歴】
1992年6月 千葉大学医学部附属病院第二内科 研修医
1999年4月 労働福祉事業団横浜労災病院内科 医師
2000年4月 千葉大学医学部解剖学第一 助手
2004年4月 千葉大学医学部附属病院糖尿病・代謝・内分泌内科 医員
2005年4月 千葉大学医学部附属病院糖尿病・代謝・内分泌内科 助手(その後助教)
2012年4月 千葉大学大学院医学研究院細胞治療内科学 講師
2012年10月 国保直営総合病院君津中央病院内分泌代謝科 部長
2015年4月 千葉大学予防医学センター栄養代謝医学分野 准教授
2021年11月 千葉大学予防医学センター栄養代謝医学分野 教授